所得税法 2年目

凝り固まった思考のクセが勉強の邪魔をしている

例えば推理小説を読むとして、みなさんはどのような読み方をしますか?

私は常に犯人を推理ながら読み進めます。その読み方が好きなのです。
登場人物が出てきたらその都度チェックし、各登場人物の言動を逐一チェックします。
書いていないことまで考えます。
もし、こうだとしたら、そのあとの展開はこうなって、こういう結末になるんじゃないか??みたいなことを考えながら読むのです。

めちゃくちゃ楽しいです。

ただし、この読み方には問題もあります。
そして、この問題は根深く、私の勉強の非効率とも関係があると思ったのです。

推理しながら推理小説を読む、の問題点

読み終わるまでに時間がかかりすぎる

新しい人物が登場するたびに、そして登場人物が何か言うたびに、
立ち止まって犯人を推理するわけですから、読書がストップしてしまいます。
現に読み進めていないわけですから、丸一日かけたとしても読み終えるのはまず無理です。

何か用事ができて、何日か読むのを中断せざるを得なくなったらもう大変です。
完全に忘れ去って、頭から読むことになります。
その結果、もうこの本はいいや、と投げ出すこともあります。(面白い本かもしれないのに。)

そして、読むのが遅いから、好きなのに多くの冊数を読めず、良い本にめぐり合う可能性が低くなってしまうのです。

とにかく疲れる

当然ながら、この読み方は疲れます。
脳が考えることを拒否します。
読み終えた後は、何もしたくなくなります。
読んだ本がイマイチ本だった場合、途方に暮れるしかありません。

なぜ推理小説は面白いのか

私が、推理小説をより楽しむためには、どう読んだらいいのか。
それを考える上で、なぜ私が推理小説を面白く感じるのかを考えてみました。

難しそうなことを考えることが好き

難しそうなことを考えている自分が好き、だと思います。
要は、ナルシストだということ?!恥ずかしいですが。。
でも、そうだと思います。

意外性があることが好き

どんな推理小説が面白く感じるかといえば、意外性がある結末の作品です。
「えぇ~??まさか、この人が犯人とは。。」
という、予想を裏切る幕切れの作品が面白いです。
逆に、大した伏線もなく、予想通りの犯人だと、つまらない作品と感じてしまいます。

少し話がそれますが、
私が税法に関心を持っているのは、私にとって意外性があったからともいえます。

例えば、個人が資産を法人に贈与したら、譲渡所得として所得税が課税されるのですが。
法律による取扱いが、私の予想・直感と大きく異なったのです。

どうして資産をあげてるのに譲渡所得になるのか、
得したようにはとても思えないのに、所得税がかかるのか。
意味が分からないと思いながらも、興味をそそられ、どうしても理解したくなったのです。
そして、「みなし譲渡」なるものを学び、自分が賢くなったと自己満足し、嬉しくなったのです。

伏線の知識を増やさないと結局楽しめない

話を戻しまして、どうしたら推理小説をより楽しめるのか、ひいては推理小説から得られる満足度を高めることができるのか、を考えてみました。

自分なりの答えとしては、
「多読して、たくさんの伏線のパターンに触れるのがよい」
という結論に達しました。

たくさんの作品を読まないと、面白い作品に出合う確率が低くなってしまいます。
そして、伏線の知識を増やさないと、意外性が好きで読んでるのに、伏線に気づかないという本末転倒な事態になりかねないのです。

やり方を工夫しないと、好きなことやっても、楽しみは減ってしまうのです。

考え方という知識を増やさないと、人生損する

「このやり方が好きだから、このやり方で貫き通す。それでいいし、それがいいんだ。」

これは、推理小説の読書に限りません。
自分の思考のクセを正当化し、生きてきました。
他の考え方を検討することもしませんでした。

自分で損をする選択をしてきたんだな、と後悔しています。
こだわるほどでもないこだわりも多かった気がします。

それは、やりたいことが明確じゃなかったから。そして、そもそも考えるために必要な知識(考え方という知識)が不足していたからです。

小説を読んだり、映画をみたりする機会はめっきり減ってしまいましたが、
勉強法の本の読書量が増えてきています。
この連休を使って、新しい考え方を読書から学んだり、思考を深めたりしたいと思っています。

 

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